あったかモナカソ

管理人小屋

最終更新日:2012 04/26

略歴

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生八ツ橋 モナカソ(旧:猪琥 模中[ちょこ もなか])

昭和と平成の近似値に大阪のはずれに生まれる。
落ち着きのなさから私立幼稚園園長ご子息に入園拒否を言い渡されるも毎日恨みがましく通い詰め、困り果てた園長から卒業証書を受理し、一応の決着をみる。
そんな一件から小学校でも大人への反抗心を養い戦いに明け暮れるが、不意に級友や恩師に恵まれ、元来優等生のため若干十五歳で市立中学校を卒業する。
大人たちの敷いたレールにまんまと乗っかり高校生活を平々凡々と送るが、ある日思い出したように「人間、学歴じゃない」と嘯いて国公立や有名私学には見向きもせず(そして見向きもされず)明後日の方面に寝学。
人間不信が功を奏し、大学とひきこもりの二重生活を見事熱演。
今も人間社会に時々反発しながら不自由な自由を謳歌している。

字書き腐ニーター、メモ帳マスター、なんちゃって携帯写真家、手抜き料理クリエーター、管巻き検定初段、喪黒腐貢造(喪黒さんの八〇一番目の弟子)、魔法使い使いの小間使い。
平行世界の著書に『坊主と屏風の愛し方』『昼の猫 夜の猫』『秘密の薔薇園の小部屋の、曽祖父の遺影の前でカミングアウト』『腐女子Eyes‐二十四の命題‐』『現実と妄想の融合体』『公衆便所110番』『幻の青少年たち‐健全なる魔物‐』がある。

抹茶とKinKiとBLに傾倒する永遠の21歳。
「モナカソは想像上の生き物」という見方や「モナカソは三人いる」という説もあり、現在解明を急いでいるが、誰もそんなこと求めていない。

性質

  • 好きなことは勧んでとことんやる根っからのオタク気質。
  • 嫌なことはほとんどしない無精者。
  • 明るい根暗。
  • センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられない乙女座。血液型信仰に異議を唱えつつも流されそうなO型。
  • 食い倒れの大阪人のプライドからか、食べ物のこだわりが強い。安くて旨いが正義。DNAレベルで粉モン好き。愛していると言っていい。たとえ味つけなどなくても充分楽しめる。
  • 長年ピアノを習い部活動で吹奏楽や弦楽をしていたことから、音楽表現や楽器の扱いには煩い。

年表

[禁則事項です♡]年
先祖代々関西に根を張るバリバリの関西人一族の一員として生を授かる。
1996年‐現在:KinKi Kidsオタク
オカルト話が好きで観ていた『新 木曜の怪談 サイボーグ』で、主人公・戒堂晃役を演じていた堂本光一に一目惚れ。芸能人や流行モノに非常に疎かったが、そう経たずにKinKi Kidsというジャニーズのユニットの片方だということがわかり、CMやバラエティで関西弁を操るカッコイイお兄ちゃんたちの姿に「よし、ファンになろう」と決意。
(※KinKi Kidsのファンは、ファンというよりオタクに近い様相。象徴的なものとして、コンサート時、近距離の客ですら肉眼に頼らずオペラグラスで観察するという「バードウォッチング」が挙げられる。)
1997年‐1999年:ジャニーズ好き
KinKi KidsのファンになったつながりでTOKIOやV6、ジャニーズJr.の番組をチェックしはじめ、次第に詳しくなる。当時はJr.黄金期で、嵐や滝翼がジャニーズJr.として台頭していた。
ジャニーズJr.総出演のバラエティ番組『8時だJ』終了とともに尻すぼみになり、引退。
1997年‐2001年:J-POPオタク
KinKi KidsがCDデビューをしたことがきっかけで、当時は数多[あまた]あった音楽番組を軒並みチェックしはじめる。サビだけならCDランキングTOP100にランクインした曲が全て歌える程度には熱狂していた。
1998年‐現在:抹茶中毒
緑の粉を摂取しなければ飢(かつ)え、摂取すれば悦びに心が震える症状。
2003年‐現在:BL愛好家
恋愛小説の類は読まずご都合主義を拗ねる捻くれた女子だったが、たまには恋愛小説っぽいものでもんで痒くなりたいと、淡いピンク色の本を手に取る。新書館発刊・桜木知沙子氏の『あさがお-morning glory-』しかも第二巻。表紙では性別不明だった子が高校生男子で、社会人の義兄とデキて驚いた。けれど引くどころか主人公が可愛らしくて、これは画期的だと次も手に取ってみた。
次、その次とやっているうちに出会った徳間書店Chara文庫・菅野彰氏の『毎日晴天!』シリーズでテーマの奥深さを知り、見事にハマった。ひと夏の出来事である。
BLにかけては先輩にあたる友人たちに、たった数年で「あ な た は 神 か」と言われるまでに成長。
2004年‐現在:アニメオタク・声優オタク
一クラス三十〜四十人の生徒を分類したとき、間違いなく私はオタクというカテゴリーに属すると認識されていただろう。しかし、自覚はなかった。定期的にアニメを観ているにしても、そこまでの本数観ているわけでもなく、それほど詳しいわけでもない。なぜなら、周りの友人たちはもっと観ていたし、もっと詳しかった。
師匠に恵まれ、周囲から面白いアニメや漫画を勧められるうちに、めきめきと成長を遂げる。
マイヒットしたアニメ『tactics』と主人公・一ノ宮勘太郎を演じていた宮田幸季氏の功績も大きく、2004年10月から2005年3月には、週三十二本を観測した。
2005年‐現在:個人サイト開設
友人からHTMLタグというものを教わり、メモ帳に手打ちという方式でホームページを作り、公開。夢を胸に期待を膨らませたインターネットライフの原点である。
HTMLやCSS、W3C準拠、ユーザビリティー、SEO対策なども独学で齧り、実践を積み重ね地道に運営。
これからは肝心の内容を充実させたい……!

という輝かしい経歴。要するに超オタク気質。

あだ名・ペンネーム・ハンドルネームの変遷

ふぁんたぐれぇぷ
小学校6年生でリーダーキャンプに参加したとき、あだ名を名乗ることになった。当時この商品のCMにKinKi Kidsが出演していたため、ファン振りを見せ付けるためにこう名乗った。
猪琥模中
「ふぁんたぐれぇぷ」のときと同様、好きな某アイドルが出演していたCMの商品に由来している。
インターネット上では、当サイトを開設した2005年9月から2011年4月末まで約5年半に渡り使っていた。
チョコモナカソ
2006年頃から使いはじめた「猪琥模中」の通称。「猪琥模中」では読みにくいので様々な場面で重宝した。
「モナカタン」を2ちゃんねる語風にした「モナカタソ」を省略して「モナカソ」とつけたのが起源という説と、しょーもないことを言ったモナカに対し友人が「アスラァァン!」とツッコミを入れたことから『ガンダムSEED』のキャラクターの名前と掛けて「モナカン」と呼ばれ始めたのが起源という説がある。
参考:「モナカナカナカ」や「モナカソコソコ」などの亜種も登場した。
生八ツ橋モナカソ
定期的に訪れるハンドルネーム変えたい発作が来たため美味しそうな名前の候補をツイッターでつぶやいていたところ、本気で変えよう思い立ち、いくつかの姓名判断を試したのちこれに決定した。2011年5月1日に変更。
中学時代に考えた友人のあだ名に合わせて「チョコ」の名称を使っていたが、特にチョコレートが好物というわけではないので未練はなかった。
参考:通称「モナカソ」、略称は「生モ」。

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